アインシュタインの日本旅行
1921年、改造社(大正時代に一世を風靡した総合雑誌「改造」の出版社)はベルリンに社員を派遣し、アインシュタインの日本訪問を要請しました。翌年1月、アインシュタインは、6週間の日本滞在、学術講演、その他一般向けの講話などへの出演を条件にした「日本旅行」の正式な契約に署名をしました。 アインシュタインはこの旅行中、浩瀚な"旅行記"を残しています。途中滞在のコロンボにはじまり、シンガポール、香港、そして上海へと向かう洋上では、ノーベル物理学賞受賞の知らせを受け取ったことが記されています。 1922年11月17日、神戸港に降り立ったアインシュタインを待ち受けていたのは熱烈な歓迎でした。当時のドイツ大使館は、彼の到着を「凱旋行進のようだ」と本国に報告、翌日の東京駅での様子を、「警察も、危険なほどに押し合う群衆を黙認するしかなかった」と記しています。東京到着後に、2000人の聴衆を前にした来日初の公開講演を実施、3円という高い入場料にもかかわらず、学者、教員、学生のみならず一般の婦人など多数の聴衆でホールはいっぱいになりました。雑誌「改造」のアインシュタイン特別号も発売後すぐに売り切れ、増刷を重ねることになりました。
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